狐の嫁入り

小説創作ブログ! のつもりでしたが、なんかだいぶ違う気がします……

塩田武士「歪んだ波紋」に戦慄した

こんばんは、ミズノです。

 

歪んだ波紋

歪んだ波紋

 

 

発売一週間でさっそく、重版がかかったようです。

 

グリコ・森永事件は未解決事件として広く有名になりましたが、私もその顛末に興味を抱き、ネット記事を読みあさったものです。怖い怖いと思いながらも記事を追い、「結局未解決かよ!」と一人心の内で叫んだのを覚えています。

 

「罪の声」が出版された時、ああ、こいつを題材にする人が出てきたか‼ と、しかも、「元新聞記者」が小説にし、しかもその人が「関西で記者をやっていた人」と聞いた時には、この本は出版されるべきして出版されたんだなと強く感じたものです。

 

私は楽しみを後に残しておく口でして、実は「罪の声」は未読です。(テーラーの男の人がどうのこうの、みたいな前書きだけはちょっと読んだのですが……)その代わり、「騙し絵の牙」は読了しています。こちらは、出版業界の熱いバトルを描いた意欲作で、大泉洋を主人公としてあてがきした作品です。試みも題材も非常に面白く、ストーリーの意外性もあって非常に考えられた作品でした。

 

この作者の本は、今作も含め二作しか読めていませんが、今、まさにイケイケともいうべき人と思っていま。近く、直木賞の候補にもなりそうな予感。

 

今回はその最新作、「歪んだ波紋」について、思ったことをつらつらとメモしておこうと思います。本の紹介というよりも備忘録なのでご了承ください。

 

①作者の筆の乗りっぷりが半端ない

メインの題材はニュースの「誤報」と「虚報」です。新聞記者と言えど人間であり、また新聞やテレビニュース業界も、出来事をまとめて対価としてのお金を得ています。トクダネが出れば売り上げは増え、そうでなければ出ない。発行部数が落ち、会社が成り立たなくなる可能性もある。

それなら、ネタを作ってしまえばいい――そういう人災が起きてしまう怖さが、自分が当事者になったかのように、作者の目線を通してフィクションとして体験することができます。

元記者が記者を主人公にして書くというのは、かなり勇気のいることと思います。

が、躊躇いをみせず、自分の元居た組織の闇を正面から描く姿勢にはただ感嘆するばかりです。

前作の「騙し絵の牙」でも、出版業界の人間関係がしっかりと書き込まれておりましたが、本作ではそれがますます顕著です。「職場の人に読ませたら突っ込まれる」みたいなことを作者は何かのインタビューで答えていましたが、ううむ、何も知らない読者からしたら、なかなか新しい視点が得られていいなと私は思います。

 

 

②ミステリといいつつミステリは薄め

ミステリと言えばトリック+解決というのが明示されるのが鉄則ですが、そこまで謎とその解決には主眼が置かれていません。確かに意表を突く展開もあるのですが、ミステリとしてはどうだろう? というイメージを受けます。疑問に思ったことをいろいろ調べていくスタイル、宮部みゆきの「火車」みたいな感じです。

こういうのを社会派ミステリーと言うのだろうか。

 

③登場人物多すぎ問題

やはり社会問題を取り扱った小説は、たくさんの人がかかわり複雑な利害関係をなします……誰がどういう目的で行動しているのか、時々見失いそうになることがあります。

この小説はある意味「誤報」が主人公なので、誰か一人にスポットを当てる構成になっていないのが、今まで読んだフィクションとは色合いが異なるのかなと思います。実は私、そういう構成の話が若干苦手なのかもしれません。

模倣犯」なんかも読むのが大変だったなあ……高校生の時だったか

この本を読んでいると、なぜかものすごく宮部みゆきの小説を思い出します。 

 

④いろいろ書きましたが、まさに「大人の」小説です。

私はこれまで、十代二十代の出てくる青臭い小説やら、ファンタジーやホラーといった地に足のつかない(……失礼?)話ばかり読んできましたが、この本に出てくるのはみな、深い人生経験を積み、立派な大人としてプライドを持って仕事をしている人ばかりです。大人の色気とはこういうことか……と、なんだか新しい地平が開けた感じがしました。

同じことを池井戸潤さんの「下町ロケット」でも感じが記憶があります。あの小説に出てくるオジサンたちも、凄いかっこよかったなあ……

 

◎まとめ

私は会社に配属されて三年目。記者だったら先輩に言われてサツ周りをしている年代でしょうか? 新聞やメディア関係者には、なかなかなろうと思ってなれるものでもないのですが、この本を通じて、まるで自分が新聞社に配属され、そこでの仕事を体験できたような気持ちになれます。この小説は、もちろんヒューマンものであり、工夫を凝らした仕掛けがあり、大人の魅力を描くものであり、お仕事小説でもあり、ちょっとミステリでもあります。いろいろな魅力がぎゅっと凝縮された作品です。

作者の主張の本筋は「真実を伝えるはずのメディアが意図的に誤報を流す」ことの怖さにあると思いますが、なかなかその怖さが伝わらないのがもどかしい限り。本を読んでそれは強く感じたんですけれど、それを記事でさらに誰かに伝えることの難しさ……やはり本職の作家の人は違います……