狐の嫁入り

小説創作ブログ! のつもりでしたが、なんかだいぶ違う気がします……

月間PVが100に到達しました! 理由をいろいろ考えます。

こんばんは、ミズノです。

 

月間アクセス数が100到達しました! と、ブログのお知らせで褒められました。

小さな一歩かもですが褒められれば嬉しい。

 

備忘録もかねて、アクセスの多い記事について、その理由を考えてみようと思います。

 

 

 

有名人は凄い

ブログ開設一週間、ほとんど0だったPVがぽーんと100ほどあがりました。なにこれ? とみていると、シロクマ先生がブックマークしてくれていました。

この記事です。

youmizuno.hatenablog.com

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シロクマ先生の新刊のレビュー(?)を書いたら、なんとご本人からコメントいただきました!

ツイッターの投稿を通して、いろんな人がこのページを見に来てくれたみたいです。

シロクマ先生ありがとうございました。当時ははてなブログのあれこれをわかっておらず、ずっとそのままにしっぱなしでした……ちょっと失礼なことも書きました……

 

緩やかなモチベーション

2月にブログを開設し、ビギナーズラックで一気にPVが増えたものの、ほかの記事が全然読まれず放置していました、が、ある人の記事がきっかけてもっと書こう!と思いました。

この人です。

twitter.com

ブログは炎上してPV稼いでお金儲けするもの! というイメージを持っていた私に、「気に入った人に読んでもらえて役に立てばいい」

と考え方は意外に思えました。自分の備忘録/考えの整理/似た価値観の人とのつながり などなどメリットたくさん、と言われ、単純な私はすぐ感化されました。自分が書きたくて、他の人に役に立ち、そして共感してもらえる。そういう記事を肩肘張らずに書こうかなあと思わせてくれた方です。直接的なアクセスにはつながりませんが、記事を書こう!という根本のところの考え方をもらったのが大きいかなと思い、メモします。

きっかけの記事があるんですけれど、どの記事か忘れちゃいました……

 

ツイッターからのレスポンスの速さ

もともと、「小説家になろう」の投稿小説を読んでほしくて始めた「はてなブログ」と「ツイッター」でしたが、意外なことがわかりました。

 

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このブログを見に来てくれた人のうち50%が「ツイッター」からのアクセスです! 

どうやら、Googleよりも、ツイッターのほうが集客能力が高いようです。今月のアクセス100は、ほとんどツイッターからのリンクなのでしょう。

 

さて、その中身をさらに見ると、 

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圧倒的な「たまこラブストーリー」記事へのアクセス。確かにあの記事は、書いててかなり楽しかったです。それと、たまラブで共感できるツイートがあまりにもたくさんありすぎて、いろんな人に「いいね!」を押しました。「たまこラブストーリーが最高の……」の記事の冒頭で書いた通り、私の周囲には、たまラブ最高論に共感してくれる人がいなかったため、そういうコメントが嬉しかったのです。

 

 

こういうツイートには共感でき過ぎて……

ツイッターの凄いところは、自分の周囲ではそこまで話題になっていなくても、それが話題になっているコロニーをすぐに発見できるところにあると思います。

きっとこのあたりの人たちが、ツイッターからこの記事に飛んできてくれたのかなと思います。実際どうかはわかりませんが、少なくとも私は同士が見つかって嬉しいです……!

youmizuno.hatenablog.com

 

圧倒的なエロの集客力

 たくさんの人から読んでもらうためには、ツイッターもですがGoogle検索からこちらに飛んできてもらわねばなりません。

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Google検索からの流入は約30%。ツイッター50%に対しやや心もとない。今後は、Google検索からも来てもらえるような記事をいろいろ工夫しようと思います。

で、中でも人気の記事が、これ。

youmizuno.hatenablog.com

 「エロ記事は受けるぞ!」と何かで読んで、なんとなく書いたこの記事。ツイッター流入を除けば圧倒的なアクセス数を誇ります……やはり性は人間の原点なのか……

 

今後の目標

自分の書きたくて、読みたいものを書く、これは基本です。

それともう一つ。Googleからのアクセスを増やすべく、検索のできるだけ上に来るような記事を一つ作る! ということ。ということで、SEO? だとか、検索エンジン? だとかの話もちょっと勉強始めようかなと思います。

エロ記事と、わりと検索から来てもらえる小説の新刊記事は……ちょいちょい書こうかな……? どうしようかな? 

 

……まだ考えることはたくさんありそうです。

部活に行きたくない、辞めたい、嫌だと、そう思いながら毎日を過ごしているあなたに言わなければならないことがある

私はあなたに言わなければならないことがある。

 

私は、部活動にあまりいい思い出を持っていません。
中学生の時のことです。私はハンドボール部に所属していました。おや、奇遇ですね。私もそうだったのです――入部したての頃は先輩も可愛がってくれましたが、私がなかなか上達しないとなると、話はしてくれるけれども部内の立場は悪くなっていきました。当時の私は気にしていませんでしたが、後輩が入ってきたときの私はおそらく、「後輩にも馬鹿にされるへたくそな先輩」だったのです。後輩にさえ笑いものにされて、当時の私はどうしてあんなに、ヘラヘラしていられたのか、今思えば不思議です。
そういったことを当時の私はうまく認識できず、また言葉にもできませんでしたが、ずっと居心地の悪さは感じていました。部活動に行きたくない。そう思いながら、放課後は、部室で体操服に着替えて、嫌々グラウンドで準備体操なんてしていたものです。
悩みに悩み、ある日部活を辞めたいと打ち明けた私を、顧問の先生はひどく叱りました。何を叱られていたのかを私はよく覚えていませんが、きっとそれだけショックだったのだと思います。今振り返れば、あの時の私には、顧問の先生の意向を退けられるほどの勢いもなかったし、何より、教師というのもエゴを抱えた人間の一人であるという事実を、まだよくわかっていなかったのです。
顧問の先生の恫喝に泣きそうになりながら部活を続ける宣言をしたあなたに、私は言いたいことがたくさんあります。


①他人に強いられる努力は努力じゃない
先生があなたに「努力をしろ」というのは、あなたが努力をしていないからではありません。あなたがどうしても上手にボールをキャッチできないのと同じように、先生にもハンドボールを教える力がないのです。先生は、そのことを他の先生から馬鹿にされないために、自分は「必死で努力している」ことを周囲に伝え、許してもらうために、大きな声を上げ憤怒の形相を浮かべているのです。同じことを、先生はあなたに要求しているのです。「上手にできないなら、せめて苦しい顔をして、許しをこえ」
と。
あなたの努力は、先生の立場を守ることになっても、あなたの成長につながることはありません。逆に、あなたが怒ってもいいくらいなのです。
「どうして、自分がうまくできるように努力をしてくれないのか」と。
本来は、お互いが相手のせいにせず、自分の力なさを認めて歩み寄るか、お互いに諦めてそこで終わりにするべきなのです。ほら、会社だって、うまくいかなかった仕事を止めてしまうことがあるでしょう? 世の中には、努力してもうまくいかない物事だって、存在するのです。
ですが、顧問の先生には歩み寄るだけの心の余裕も、努力の方向を考えるだけの知識もなかったのです。先生は頭がいい? 理科の先生だと、そう思いますか? 私も物理や科学は大好きですが、その先生は、科学的な素養どころか、そもそも自然科学に対する興味が根本的に欠けています。あなたのほうが、先生よりもよっぽど科学を楽しめる素養を持っていますよ。私が保証します。
あなたがハンドボールに向いていなかったのと同じように、先生も先生に向いていなかったのです。そのひずみを、不器用だったあなたは、真正面から受け止めてしまっただけなのです。
あなたは努力しています。「自分には努力が足りない」と、そう自分を責め続けるあなたが、努力をしていないわけがありません。ただ、ちょっと方向はずれているだけなのです。けれど、その方向を正せる人は、あなたの周囲にはいないかもしれません。それが少し、心配です。


②「皆のため」は「皆のため」じゃない
これはよく覚えておいてください。
「皆のため」
という人は、自分のことしか見えていません。ほら、「皆のため」と言うと周りの皆はどんな顔をしていますか? 自分こそが「皆」のうちの一人だ、自分もお前に文句を言いたいと思っている、と、そう思っている顔ですか? 
ずるい大人は皆、「自分のため」と言う代わりに「皆のため」という言葉を使うのです。中学生や高校生は――早い人だと、もう気づき始めているかもしれませんが、皆、素直でひとの言うことをまっすぐ受け止められるという、世界で最も尊い心を持っています。それに付け込んで、自分の無理を人に押し付けようとする大人が後を絶ちません。
そういう人に出会ったら、反論もせず、戦いもせず、ただ、逃げてください。どれだけ叱られても、自分の知識では反論できない叱責を受けても、ただ、その人と過ごす時間が一秒でも短くなる選択をしてください。
その人と関わり、その記憶が一ビットでも多く頭に残ってしまうことが、あなたの人生にとっては何よりも大きな悲劇なのです。


③やりたいことは見つからなくたっていい
「部活を辞めてもやりたいことがない」ですか。やりたいことがないことと、部活を辞めることには、何の関係もありません。二つの事柄は連動するものではなくて、それぞれが相手に依存せず立っているものです。何もしないより部活をやっていたほうがマシ、とかあなたは考えているのかもしれませんが、ただ辛いだけで、毎日疲れていくだけの活動は、マイナスになってもプラスになることはありません。あなたのするべきことは、プラスを探すことではなくて、プラスを探す余裕を見つけるために、ちょっとでもマイナスを減らしていくことです。あなたの頭の中は、やりたくない、とか、嫌だ、とか、行きたくない、とかマイナスの思いばかりで、それをなんとかしようというとても難しい問題でいっぱいになっています。その中に、「やりたいこと」の入る余裕はありません。
頭の中が空っぽになること、自分を追い詰めないでいることに、あなたは罪悪感を感じるかもしれません。いいですか、人間は、苦しめば苦しむほど、追い詰められれば追い詰められるほど成長できる、という考え方は間違っています。心が躍り、自分から身を投じたくなるような幸せな苦しみと、それを乗り越えた後の心地よい疲労感の繰り返しで、人は成長できるのです。ハリーポッターの呪文に「クルーシオ」というのがありますね。もし、人が苦しめば苦しむほど成長できるなら、あの呪文は禁術なんかにならなかったはずです。


④辞めるのだって一つ勇気
部活を辞めることだって苦しく、ある勇気を必要とすることです。逃げるのがかっこ悪いとわかっていて、馬鹿にされるとわかっていて、それでも辞めるほうが正しいと信じて行動したのであれば、あなたも一人の勇者なのだと私は思います。
「やりたいことがない」とあなたは言いましたね。あなたは、家と教室と部活と、この大きな世界のほんの一部、それこそ、巨大な砂浜の砂粒一つでさえ掴めていません。
やりたいことなんて探さなくていいです。ただ、今まで、自分が見たことのないもの、聞いたことのないもの、触ったことのないもの、読んだことのないもの、やったことのないもの、行ったことのない場所、関わったことのない人、物、事、まだ経験したことのないありとあらゆることに、手を伸ばしてみてください。その中にはきっと、あなたの心を楽しくしたり、愉快にさせたり、温かくさせたり、前向きな気持ちにしてくれるものが見つかるはずです。あなたはそれを追いかけずにいられないはずです。それを追って、ずっと走っているうちに、自分の探していたものが、すでに手元にあることに気が付くでしょう。やりたいことは見つけるものではなく、見つかるものだと、今のあなたにはなかなか信じてもらえないかもしれませんが、その時になればきっと納得してくれると、私は信じています。

あなたには時間があります。その時間を、どうか大切に。

私は、陰ながら祈っています。

「たまこラブストーリー」こそが史上最高の恋愛アニメ映画であると私は確信している

巷には恋愛物語は腐るほどあふれている、が、その中で一つをおすすめするなら、私は迷わず「たまこラブストーリー」をおしたい。

www.youtube.com

昨日「二十世紀電氣目録」を読んで、それと「聲の形」で河井さんが燃えに燃えたことをネットで知って、この作品に死ぬほど感銘を受けたことをふっと思い出した。私は「たまこラブストーリー」こそが最高の恋愛映画だと思っている。その魅力を余すことなくここで紹介したい。

 

 

0.前置き 

2016年11月、私は秋葉原UDXシアターにいた。何を隠そう、「たまこラブストーリー」を映画館で観るためだ。もっと言えば、「もち蔵、大好き!」からの暗転シーンを映画館で体験するためと言っても過言ではない。

率直に言って内容は最高だった。その感動とともに、私は、東京に住む友人と夕飯を食べに行ったのだ。御茶ノ水駅のあたりを、ふらふらしながら話をした。

友1「お前さ、静岡から東京まで何しにきたの?」
私  「え? 映画を見に」
友2「何を?」
私  「たまこラブストーリー
 私たちの間の空気が凍った。
友1「え、そのためだけに?」
 頷く。
友2「馬鹿だなー糞つまんないやつだろ」
 私はきょとんとしていたと思う。
友1「なんだっけ、あれだろ」
友2「爆死マーケット」
 この辛らつな物言いに私は言葉を失った。
友1「そんなんより○○見ろって(←なんだったか忘れた)」
私  「いや! たまラブ最高だろ!」
 反論にならない反論を口にする私を、友1は憐れむような眼で見た。
友2「ほら、あれだろ。つまらんアニメでも我慢して最後まで見れば面白く感じる。『勇者の剣』現象だって」

 ゲラゲラ笑う友人たちを前に、私は友との絶縁を本気で考えたものだ。
 私は反論したかった。私がたまラブを溺愛し始めたのは映画版がきっかけなのだ。「聲の形」が公開された当時、山田尚子監督作品ということで再放送されたもの。勇者の剣ではない。
 それからテレビアニメを視聴し、そして映画を数周した。ブルーレイも買い、サントラも買った。その後プライムビデオで見られるようになったことは喜ばしい限りだ。 

テレビアニメを前提にした映画の作りには多少の違和感を覚えるが、ストーリー全体の構成に影響を与えるものではない。
当時の私はここまで言われると予想しておらず、咄嗟に言葉が出てこず友人を説得することはかなわなかった。けれど、今その時のことを思い出すたびに悔しい思いにかられる。あれから時間がたち、考えをゆっくり整理できるようになった今こそ、あの時に主張すべきだったことを声を大にして言いたい。

たまこラブストーリー」こそが史上最高の恋愛アニメ映画だと私は確信している、と。

  

1.シンプルなストーリー

 この映画の素晴らしいところの一つ、そのストーリーのシンプルさにある。
「男の子の勇気を振り絞った告白に、初めての感情に戸惑いながらも、友人や周囲に助けられながら女の子が返事をする」それだけだ。

業界トップのトヨタ自動車が全方位戦略で大衆に広く受け入れられるスタンダードな車を世に送り出すのと同じく、アニメ作画でトップを走る京都アニメーションだからこそできるのであろう、奇策に走らない「王道のストーリー」をとんでもなく面白く見せる作品。特に、もち蔵がたまこに告白する鴨川のシーン非常に美しく、そのシーンだけ切り取ってご飯を何杯食べられるわからないほどだ。告白するかどうかでもだえるもち蔵の物語がいったん途切れ、愛の告白というバトンを押し付けられあたふたするたまこの物語が始まる。この切り替えが非常にいい。その重要なタイミングで配置されたシーンには、相当な力を入れているに違いない。だからこそ、誰の印象にも残るシーンになっているのだ。 

 

2.巧みな比喩と伏線

 二人の間を結ぶ「紙コップの糸電話」、たまこが実家の仕事を好きになり、そしてもち蔵の思いに答える決心をさせるきっかけにもなる「お餅が喋る」といった、登場人物の絆に関わる小道具もいい感じだ。コミカルでかつほのぼのとした設定から、登場人物たちの内面がほのかに浮かび上がる。
メインの二人だけではない。父から母に送られた「自作のラブソング」等、二人を見守る大人/友人たちのことも好きになれる仕組みがそこら中にちりばめられている。

 

3.「変化」を力強く肯定する前向きなテーマ

この作品の感動のメインは「変化」だと思っている。友人との関係、両親との関係が、今のままでずっと続けばいいと願っているたまこに、視聴者は共感を禁じ得ないだろう。そこに、恋煩いしているもち蔵が特攻を仕掛けてくるのだ。今まで穏やかに続いていた日常が壊れそうになり、たまこは揺れる。けれどその変化を受け入れる覚悟をし、最後には、旅立つもち蔵の後を必死に追いかけてまで、自分の思いを伝えようとするのだ。
日常アニメの登場人物は変化しない。そのままの日常、そのままの人間関係が永遠に続く。サザエさんちびまる子ちゃんこち亀けいおんなんかだろう。これこそが、フィクションの持っている力の一つで、変わらない世界をそのまま人の想像の中に保っていける。そこで作品を享受する我々は作品の中に入り込み、変わらない世界で安心した気持ちになることができるのだ。
「たまこマーケット」はそういう作品だった。最終回、仲間の一人がいなくなるかと思ったら、妙な事情でもとの状態に戻ってしまう。結局何も変わらない。最終回が終わった後も、たまこ達の日常はずっと続いていることになっていたのだ。だからこそ、視聴者は安心して、「たまこマーケット」という作品世界の中で癒しを得ることができたのだ。
しかし、現実はそうではない。我々は毎年一つずつ年を取り、誰かと出会い、別れ、昨日まで名前も知らなかったと誰かと知り合い、絆を作っていく。
テレビアニメという目くらましで見ないようにしていた現実を、これもまたアニメの中で突き付けてきたのが、映画「たまこラブストーリー」なのだ。この作品を通して、登場人物はみな一つ変化を遂げる。思いを遂げたものもいれば、挫折したものもおり、「たまこマーケット」の最終回では永遠に続くと示唆されていた日常は、「ラブストーリー」で幕を閉じる。ほのぼのとした日常を求めていた視聴者に、この結末はなかなかこたえるものになる……はずだった。
けれど、この作品は誰を傷つけることも脅したりすることもない。純粋なラブストーリーと美しい作画、そして仲間たち。たまこともち蔵の周囲の仲間たちは、二人の恋路を応援するのと同時に、この作品を見る者の変化を、前向きに肯定してくれているのだ。

 

4.まとめ

王道で穏やかなストーリー、共感性が高く魅力的な人物たち、美しい作画、こちらの不意を衝く衝撃的なテーマ設定、そして、人生の変化を肯定する前向きな主張。もう一度言おう、私は、「たまこラブストーリー」こそが最高の恋愛アニメ映画だと確信している

 

実は賞も取ってて

archive.j-mediaarts.jp

映画館でリバイバル上映するようです。凄い。

www.dreampass.jp

 


……最後までお付き合いいただき感謝します。

「二十世紀電氣目録」を手に取れば、その素敵な装丁と世界観に誰もが魅了されるだろう

凄く綺麗な装丁だ、と思ったのが最初の印象です。題材が「電氣」と来て、科学技術的なギミックが盛り込まれた話に興味があったので購入しました。

 

いざ読んでみて、一ページ目では明治時代の空気感に魅了され、登場人物が動き出してからは、彼らが次にどう動くか、何をするかに目が離せなくなりました。手元に届いてから、エンディングまで一気読みでした。とても凄く作りこまれた最高のエンタメです。凄く面白いアニメ映画を見ているような気持ちでした。 とても感銘を受けた……ので、思ったところを語りたいと思います。

 

 

①ストーリーの概観

メインの主人公は、仏具店で機械修理を営む喜八と、酒蔵の娘の稲子。大枠のストーリーは、「意に染まない結婚から逃亡する男女の恋愛もの」です。そこには、喜八が幼いころいたずら書きで書いた「二十世紀電氣目録」にかかわる謎を巡って短い旅を続け、やがて互いを理解した二人が結ばれるストーリーです。サブのストーリーには大人の悲恋を、二つのストーリーを結びつける核として「二十世紀電氣目録」を巡る謎が機能しています。

 

②この話の魅力

1900年頃の史実を踏まえながらストーリーが展開されており、その時代の空気感が伝わってきます。まるで自分がその時代にいるかのような臨場感を感じさせる、具体性のある世界観が構築されています。

ストーリー展開はスタンダードながら、複数のプロットと「電氣目録」を巡る謎、親子の不和に大人の悲恋、主人公たちの恋路、新興と科学を巡る考え方の齟齬、等のサブプロットが巧みに盛り込まれています。


話は程よく複雑で、登城人物もそこまで多くなく、読みやすいです。主人公たちの成長と恋路/悲恋に終わった大人の恋愛という二種類のプロットを、電気目録の謎という三つ目のエピソードで上手につないでいます。電気目録の謎には、二人の周囲の大人の謀略というか策略というか、ドロドロっとしたあれこれががいろいろ絡んでいるところも、ただの青春恋愛物で終わらない面白さを作品に与えています。

 

何よりも面白いのが、喜八と稲子の対称性。

喜八は「目に見えるものしか信じない」超客観事実主義者ですが、一方で何をやっても怒られてばかりの稲子は「神を妄信する素直な女の子」です。

一見全く違う考えを持った二人が、最終的に共通の解にたどり着く思想的な成長はが凄く印象的です。互いの理解、成長、それに、「信仰と科学」という現代人も悩む究極のテーマを、二人の仲の進展と同時に進捗させて、うまく結末と結びつける構成に唸らされました。

もちろん、他にも、無駄なく展開されてうまく落とされる小さなエピソードがいくつもあります。

きっと凄くプロットを練ってるんでしょう。それとも、一発書きで全部できてしまう人? だとしたら凄い。けれど、話の転換点が本の真ん中に来ており、王道のストーリーを外さず、かつ、それに付随するサブプロットもうまく展開されているのを見て、きっと相当考えて、基礎のセオリーをしっかり押さえて話を作りこんでいるのだと感じました。

 

この二人は、テーマの仮託先としても面白いのですが、人物としてもとても魅力的です。
電気という当時の新技術に強い興味を示し向学心もある喜八に、機械設計技術者は共感を禁じ得ないでしょう(風立ちぬ堀越二郎も最高だった……!)
神を妄信する稲子は素直で可愛い女の子で、自らの葛藤を乗り越え成長していく様は、はたから見ていて強く応援したい気持ちになります。

もちろん、ほかの登場人物も、各々の葛藤や癖をもった面白い人物ばかり。人物造形や性格も「アニメ映画」を強く思わせます。

 

読んだ後は、この登場人物が存在する世界にもっと浸っていたい、と思える、素敵な作品でした。

 

③いろいろ思うところ

時代考証はどうなんだろう? 喋り方とか。まあそこはフィクションだしいいのかな。でも気になる人は気になるかも。その時代の文学研究してる人とか。
・中盤からの展開が都合良すぎ?  (登場人物が突っ込みを入れて「これが神の導きか……」みたいなことを言っているので、作り手はここのあたりを書くのにちょっと苦労したのかなと思う)
・万博、電車の経路、お酒の作り方等、当時の様子を凄く綿密に取材している。生活感が伝わってくる世界観。人物も町もバックグラウンドがしっかり作りこまれ、そしてすべて魅力的……素人物書きとしてはちょっとショックを受けた……こんな話をどうやって作るんだろう。

・後半、仲を深めていく主人公の二人が眩しすぎて直視できない。きっとあんな糞臭い台詞を恥じらいもなく言えるのはこの年代だけだと思う。(15歳か……と思った)
「俺がお前の人見に明かりを灯してやる」とか
「私があなたの○○になる」とかそういうの

電子書籍版がないのはなぜ……?
・稲子がからかわれて喜八をどついたり蹴ったりするさまはアニメっぽいイメージが浮かぶ。アニメ版でちょっと見たい気もする……
・ちょっと高い……? 文庫で儲ける商売ではないんでしょうけれど

・一つ誤字見つけました p.242 12行目「苗子×」→「規子◎」だと思う。

 

④まとめ

喜八も稲子も、登場人物全員、そして彼らが生きている世界も全て魅力的で、ずっと読んでいたいと思える素敵な本でした! 

 

「デジタルネイチャー」を読んで、思考をぐちゃぐちゃにかき乱されたい。

タイトルが大げさすぎて若干胡散臭い気がした。けれど、本の表紙は、いろいろな意味であまり信用してはいけない。

内容は、著者のイメージら受ける通り、なかなか刺激的だった。

デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

 

 

AI研究者が何に関心を持っているかがよくわかる辞書だ。

 

まず、私の思う「良い科学書」の話をしたい。
一つ、例えば、一般的な知識のない人にも自分の専門部やを興味深く伝え、科学的なものの見方や考え方をそれとなく教えてくれる本。例えば、「ロウソクの科学」なんかがそうだろう。
二つ、わかりやすいのはもちろんだが、その中に、作者として、事象に対する説明や未来予想等、自分の主張したい事柄が明確に示されている。「利己的な遺伝子」や「サピエンス全史」等は、科学的知見を読者に提供しつつ、自説を明確にしそれを裏付ける事例をあげている。
三つ目、作者の知見を体系的にまとめ、整理したもの。これはいわゆる「教科書」だ。読み物としての面白さは少ないが、いろいろな事柄がきっちりまとまっていて自分の頭の整理にもなるし、考えの基礎にもなる。
ただし、良くない科学書も存在する。それは、作者の興味があることをただひたすらに並べ立て、何が主張したいのかわかりにくい、もしくは主張したいことが特に読み取れない本だ――失礼を承知でいれば、この本はそういった類の本と思っている。

落合陽一のラジオやテレビを面白く聞いたり見たりしている私としてはちょっと残念だった……分野を横断する幅広い知見を持ち、一般的な常識とは外れた考え方を、歯に衣着せぬ明瞭な物言いで語るその姿には尊敬すら覚えていた。論文の読み方や研究の進め方は、私の尊敬していた研究室の先輩とまるまる一緒で、一瞬本人が偽名+整形でテレビにでているんじゃないかとさえ思った。後々、VALUも利用してみようかとわりと本気で考えるきっかけになった人でもある。

 

まあそれはいいとして。

 

本書で主張らしい主張かな、と思ったのは「近い将来、統計的分布の外にある物事を追求するクリエイティブ層と、既存のシステムを維持するだけの生活保護層に分かれるだろう」ということ。それだって、私でさえいつだったか考えたほどだし、その裏付けになる具体的な事例を載せているわけでもない。その他は、哲学やら社会科学やらの知識が、脈絡もなく(おそらく作者的にはどこかでつながりがあるのだろうが)展開され、よくまとまっていない辞書という印象を受けた。
私の情報科学的な知識はほぼゼロだが、内容自体は基本的な数学の考え方がそれなりにあればそれなりに理解できるものである。ただし、扱っている内容が内容なので、一読して主張がくみ取れなかった時の私は「もしかして自分が馬鹿すぎるだけかも」という疑いにかられた。二週目が終わった時点で、多分この本は、思いついたことをバババっと書いた、本人にとってもある意味メモ的なものなのだろうと私は結論している。


本としてのまとまりはいまいちだが、今、最前線で活躍する科学者の、ごちゃごちゃしてカオスを極める頭の中を、文字通り「読む」ことができるという意味ではとても意義がある。
これを読んで、私は、世阿弥の「花鳥風月」に手を出し始めてみたし、東洋哲学の本も読んでみようかなと思ったし、マックスウェーバーのなんとやらという本にも、「そういえば教科書で名前聞いたっきり原著読んでないな」と思い出せた。
ある意味で、まとまった本よりもずっと「刺激的な」本だ。
それと、冒頭のシーンが非常に素敵だ。霧の中を走る自動車の中で、作者は、電子機器が人間の五感を代替できることを考えるのだ。ここが、本作の作者の主張のスタートである。
作者の興味、考えていることが、まるで機関銃かの如くひたすらに連射される。それをひたすら受け止める本田……一流と世間で言われる研究者に対して批判的なコメントをするのは大変恐縮だが、私はこの本に対しそういう印象を受けた。

この本の魅力は、今を時めく情報科学者のカオスな頭の中が「そのまま文字として読める」ところにある。
ただし、全体として意味がくみ取れなかったとしても
「それは読解力不足ではなくて、単に主張がないか、明示されてないだけだ」と、私は思っている。

ともあれ、情報科学の知識ほぼゼロの私には、大変刺激的な本だった。

「超雲の上な科学者のメモ長の中身がそのままみられる」といえば、なかなか魅力的な本に思えるんじゃなかろうか。

キツネ村への最適なアクセス方法を考えたい

こんにちは、ミズノです。

 

 今年2018年5月のGW、私はキツネのモフモフを写真に収めるために宮城県まで出かけました。

 

 ↓詳細はこちら。

youmizuno.hatenablog.com

 

当初は公共交通機関で行くつもりだったのですが、友人に

車中泊でいけばいい」

という素敵な提案を受けそれに乗っかることにしました。

 

浜松→宮城までは約600km

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往復で1200km。普通なら車で行く距離ではありません。

一往復には10時間程度かかり、ずっと座っていたにも関わらず、目的地に到着した時には、まるで長距離のマラソンを走り切った時のような謎の達成感がありました。道中ではさまざまな思いが心中に去来し、ただ安全に目的地にたどり着こうという謎の執念のみが私を突き動かしました。その間、いろいろと思うことがあったので、備忘録兼ねて書いていこうと思います。

 

静岡県は死ぬほど横に長い

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ルートは、静岡→神奈川→東京→埼玉→群馬→栃木→宮城(ゴール)

と7県をまたいていますが、その全行程の1/3を静岡が占めているのです。

「ここどこだ? 富士? そろそろ神奈川やろ?」

と、思ってからの静岡が死ぬほど長かったです。心が折れかけた最初の難関です。

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朦朧とする意識の中で撮影した富士川ICからの夜景はブレブレでした。

 

Amazon Musicは心強い味方

Amazon Music

Amazon Music

 

露骨な誘導が始まったと思われる向きもあるかもしれませんが、これは私の感じた率直な思いであります。スマートフォンと車のスピーカーを接続して、Alexaにリクエストを出すと。いろいろと勝手に流してくれます。

ジュディマリとか、ユニゾンスクエアガーデンとか。

なぜか今更ドはマリした「けいおん!」のマイナー曲を死ぬほどリフレインしていました。

「冬の日」とか、「Our Magic」とか、「Unmei wa Endless」とか、「いちばんいっぱい」とか、「Girls in Wonderland」とかいいよね! 

すさんだ心にはまっすぐで純粋な歌詞が良く響くようです。

 

③新幹線のほうが安かった?

 

◎普通車での往復金額

・高速代12,830円×2 (ETC無いので通常料金……)

・ガソリン代 5600×2 (15km/Lと過程)

・・・総計 36,860円

 

◎新幹線での往復金額

・新幹線16,730円×2

・タクシー代 3500円   (白石蔵王⇔キツネ村)片道15km

・・・総計40,460円

 

4,000円ほど車のほうが安かったようです。

ただし、所要時間が全然違います。

 

◎所要時間

・車…10時間

・電車…4時間

当然二倍以上違いますので、着いてからの疲労感がまるで違います。さらに、

 

◎その他雑費

往復1200km走った後、車のタイヤはボロボロで、交換をしています。

・16,000円×4 = 72,000円

これを車の維持費に含めるか、それとも旅にかかった費用に含めるかで計算がかなり変わってきますが……私の車の走行距離は30,000kmくらい(中古のデミオです)なので、÷30すればいいでしょうか。

・72,000÷30=2400円

 

◎まとめ

・差額は1600円車のほうが安い (ETCをつければ5000円くらい安くなる)

・時間は6時間電車のほうが早い

運転に要した労力も含めると、観光目的でかつ一人で行くのであれば、新幹線が一番よさそうです。社会人にとっての1600円~5000円はほぼ誤差。

ただし、車のメリットはそこではありません。複数人で行けば、乗せれば乗せただけ費用と労力を分担できます。片や電車は、人が増えれば増えるほど総額が増えます。

 

◎結論

・キツネ村への最適なアクセス方法は新幹線とタクシーです!

今回のケースでは、いろいろな意味で、新幹線のほうが安かったと結論します。

 

 

④それでも得たことはある

・ひどいネタを手に入れました。

・運転技術は確実に向上しました

・次からは迷いなく新幹線を使えます

・友人を集めて長距離ドライブする輩がたくさんいる理由が明確になりました(単純に安い&道中楽しい)

 

以上、ざざっと思ったところを書いていきました。

非常にしんどい経験でしたが、死ぬほど記憶に残る旅となりました。バイク乗りの友人も「地獄のツーリング」ほど記憶に残ると言っていました。それが身に染みてよくわかった次第です。

 

いろいろ細かい部分をすっ飛ばして結論だけ書くならば、私の気づいたことはこういうことです。

・一人旅なら電車がいい 

・複数人なら車がいい

 

当たり前すぎる結論かもですが、身に染みてよくよくわかりました……

多分友人の「車中泊で行け」っていうのは、そのまま受け取ってはいけない言葉だったんだと思います。彼はきっとこう言っていたんです。

「(何人か友達を誘って)車中泊で行け」

と。

その彼は、長期休暇のたびに、複数人で長距離旅行に出かけている人です。なので、新幹線を使う理由がわからなかったのです。

そういうことに、数日間の独走の果てにやっと気づきましたとさ。

 

終わりです。

 

湊かなえ「未来」は、作者の気迫に圧倒されるもの凄い小説だ

こんばんは、ミズノです。

 

先月は芥川賞直木賞の発表でしたね(遅い)。私が浜松に移住してきて二年目、恩田陸の「蜜蜂と遠雷」が直木賞本屋大賞を同時受賞しました。浜松ピアノコンクールを題材に取った小説ということで購入したのですが、候補作が選ばれる前に購入していたということが、私の中のささやかすぎる自慢の一つです。

湊かなえ「未来」も、私のささやかすぎる自慢の二つめになるかなあとか思っていましたがなかなかそうはうまくいかないようです。が、本作は非常に力のこもった力作で、非常に読み応えのある本でした。

未来

未来

 

内容と全然関係ないあれですけど、装丁が素敵ですね!

 

①私の湊かなえ暦 

実は私、湊かなえの作品はこれが初です……率直に言えば買えば本人に会えると宣伝されていたので、それで買いました。握手商法です。

内容は噂の通りでした。

イヤミスの女王」の名の通り、自分勝手な大人が子供や善良な人たちを傷つけていく展開が延々と続きます。いじめ、虐待、家庭内暴力、放火、売春……人の心を深くえぐるエグい展開が、大人子ども関係なく容赦なく降りかかります。それなのにページをめくる手を止めさせず、この私をして一晩で一気に読み切らせてしまう筆力。

ああ、こういうことか……と深く納得しました。

 

②未来からの手紙

そんな鬱々した展開が続く中、暗闇の中に差し込む光のように、作中のあちこちに現れるのが「未来の私からの手紙」です。ひどい目にばかり合う小学四年生の主人公(とその友人)に、二十年後の自分から手紙が届きます。その手紙はポストに投函されており、そこには、二十年後の二人は幸せに生きている、だから力強く生きろ! みたいなことが、優しく成熟した大人の筆致で描かれているのです。

賢い二人は悪戯を疑うのですが、未来から送られてきた証拠として「ドリームランドの開園三十周年記念グッズ」が同封されており、これは物語のメインとなる年には絶対に手に入りえないものです。二人は疑いつつも、心のどこかで幸せな未来を信じることになります。

タイトルにもある通り、この手紙は、希望のない世界で主人公たちを応援してくれる唯一の救いです。「イヤミスの女王」として知られる湊かなえですが、本作で新しい境地を開いたと宣伝される一番の理由はこの設定にあります。二人は疑いながらも、最後の最後までこの手紙を手放そうとはしません。人は希望や幸福を素直に信じられないものですが、いくら否定していたところで、どうしてもそれを信じてしまいたくなってしまう生き物のようです。

 

③ だが、カラクリを想像するのは容易

本作はSFやミステリーではないので、不可思議な力が物語を動かしたりはしません。では、未来からの手紙は? 今の時代では絶対に手に入らないはずの記念グッズは? 私は見抜けませんでしたが、勘のいいひとなら結構あっさりわかってしまうかもです。

 

④本作の魅力

エグいけれどどうしてもページを繰る手の止まらない怒涛の展開に、未来から手紙という道具を配置することで、タイトルの通り「未来への希望」も感じさせる、ちょっとだけいい読後感になっているところです。それが話の構成的なところ。それ以外はというと、なにより、

 

書き手のとんでもない気迫を感じる筆致。

 

に尽きると思います。

ホテルにこもって一気に書き上げたという本作。その時の勢いが読んでいるこちらまで力強く伝わってくるものすごい作品でした。

……作者本人は「最後まで読んでもらえるか不安だった」とのことですが、いえいえ! 最後までわくわくしながら読ませていただきました!

 

私は、無駄な設定なく綺麗に落ちる短編が大好物だったので、これでもかとばかりに濃密な描写や衝撃的なエピソードを配置する小説はあまり好んで来ませんでした。

宮部みゆきは読んでいましたが、生々しい描写よりも話構成のわかりやすさにひかれていた部分があります。

以前記事に書いた「歪んだ波紋」もディテールをしっかり描いた「大人の」小説です。私は今まで、きれいな世界がきれいに描かれたものばかりを好んでいたようです。

 

これからはもうちょっと「大人」の小説にいろいろ手を出していこうかなあ……とか思ったりします。

でも、この記事を書く直前の私は、久しぶりに読んだ「古典部シリーズ」で、折木と千反田の会話が楽しい……とか思っていました。ライトミステリ・ライト文芸最高……

 

……両方楽しめるようになれたらいいなと、苦し紛れにそう結論しておこうと思います。

 

今更ですが、サイン会に行って握手とサインをもらいました(……現物の写真がない……)。その時に一個衝撃を受けたのが作者の人柄です。

私はどんなこわもての人かとある種の期待のようなものさえ持っていたのですが、予想は見事に裏切られました。

本人は、粗品を用意してくれたり、待っている間の読み物を用意してくださったり、作風の感じを想像していると衝撃を受けるほど、穏やかで優しいな方でした……なんとツーショットもOKしてくれたという……

作風と作者の人柄は、実は相互に補完するような対照的なものにあるんじゃないか? とか、勝手に考えたりしている次第です。